福田昭のセミコン業界最前線
VLSIシンポ、モバイル低消費SRAMや6Gケータイ向け超小型無線、超高速測距センサーなどの回路技術が日本から爆誕
2025年6月12日 11:52
すでに本コラムでお伝えしたように、半導体のデバイス・プロセス技術と集積回路技術に関する最先端の研究開発成果を披露する国際学会「VLSIシンポジウム(2025 IEEE Symposium on VLSI Technology and Circuits : VLSI 2025)」が、6月8日に京都市の「リーガロイヤルホテル京都」で始まった。
本コラムの前回に続いて、メインイベントで発表される数多くの研究成果の中から、実行委員会が選出した注目講演(ハイライト講演)をご紹介する。具体的には、シンポジウムを構成する2つの分野、「デバイス・プロセス技術分野」(「テクノロジー」分野あるいは「技術」分野と呼ぶことが多い)と、「回路技術分野」(「サーキット」分野あるいは「回路」分野と呼ぶことが多い)に分けて説明する。
テクノロジー分野については前回ご報告したので、今回は回路分野の論文投稿/採択状況と、ハイライト講演をご紹介する。
投稿件数は2年連続で過去最高を更新
始めは「回路」分野の投稿論文数と採択論文数、採択率の状況である。投稿件数は549件(レイトニュースを除く)で、ハワイ開催だった2024年の542件を上回った。2年連続で過去最高を更新したことになる。なお前回の京都開催となる2023年は359件だった。
採択件数は146件で2024年から8件ほど増え、採択率は27%だった。ちなみに2024年は25%で、2023年以前の33%前後から比べると、依然として低い。
国・地域別の投稿件数では中国、採択件数では北米がトップを占める
投稿論文件数を国・地域別にみると、テクノロジー分野と同様、ここ数年はアジア諸国(日本を除く)の台頭が著しい。2010年代後半~2020年代前半は北米(米国とカナダ)が強く、国・地域別件数のトップを占めるのが普通だった。だが、2024年以降は中国と韓国の投稿件数が急激に増加した。
2025年のトップには、ダントツの174件を投稿した中国が就いた。2位には107件で韓国、3位には103件で北米が続く。北米は投稿件数が減っているのではなく、細かく変動しながらもここ10年は横ばいで推移した。アジアの急激な台頭によってトップを譲った形だ。
4位は51件の欧州、5位は45件の台湾、6位は32件の日本である。
採択論文件数を国・地域別にみると、トップは38件の北米である。2位は29件の韓国、僅差で28件の中国が続く。中国の採択件数は2023年に10件だったので、2年間で3倍近くに急増したことになる。中国の採択率は16.1%とあまり高くない。
4位は24件の欧州、5位は15件の日本、6位は7件の台湾である。
技術分野別では、投稿件数/採択件数ともにプロセッサが最大勢力に
技術分野別の投稿件数と採択件数ではいずれも、「プロセッサ(量子計算、機械学習を含む)技術」が最多となった。投稿件数は138件、採択件数は27件である。採択率は19.6%と平均よりも低い。
投稿件数が多いのはほかに、「電力変換技術」の78件、「データ変換技術」の53件、「ディジタル回路技術(信号品質と入出力を含む)」および「センサー(イメージセンサーとディスプレイ回路を含む)」の50件である。
採択件数が多いのは「プロセッサ技術」のほか、「センサー」の18件、「電力変換技術」の16件、「バイオメディカル」および「データ変換技術」の15件となっている。
2024年以降の投稿件数急増は大学からの投稿増が主な要因
次は大学界(大学、大学院、大学付属機関)と産業界(企業と研究機関)の投稿・採択論文件数である。「回路」分野は2023年以前からすでに、投稿件数と採択件数ともに大学界が多数を占めてきた。2024年以降の投稿件数急増は大学界からの投稿増加が主体で、産業界からの投稿は微増にとどまる。
投稿件数に占める産業界の割合は漸減しつづけており、2024年と2025年は減少が加速した。2025年の投稿件数に占める産業界の割合は14.9%で過去最低水準にある。2023年には22.0%だったので、2年間で7.1ポイントも低下したことになる。
採択件数でも大学界が優位に立つ。大学の採択件数は115件、産業の採択件数は31件である。採択率は大学が26%、産業が38%で産業界が高い。採択率での産業優位は、過去ずっと続いてきた傾向でもある。
発表機関別採択件数のトップ3はKAIST、ミシガン大学、精華大学
発表機関別の採択件数では、トップ3を大学が占めた。トップはKAIST(Korea Advanced Institute of Science and Technology)で9件、2位はミシガン大学(University of Michigan)で8件、3位は精華大学(Tsinghua University)で7件である。
4位には5つの発表機関が5件で並び、ここで初めて企業が登場する。Samsung ElectronicsとIntelである。
日本の採択論文は無線通信とセンサーが多い
すでに述べたように、日本の採択論文件数は15件である。技術分野別に見ると、無線通信が4件、センサーが4件と2つの技術分野で半分強を占める。発表機関別では東京科学大学(旧東京工業大学)が4件と最も多い。同大学の発表はすべて無線通信分野である。
次いでTSMCジャパンが3件と多い。同社の発表はすべてメモリ技術に関する研究開発成果である。そのほか複数の発表を東京大学(2件、データ変換)とソニー(2件、センサー)が予定する。
回路分野では14件のハイライト論文を選出
ここからはVLSIシンポジウムのコミッティ(委員会)が選んだ注目論文(ハイライト)をご紹介しよう。各技術分野から合計で14件のハイライト論文を選択した。
てんかんの予測と検知を担うニューラルネットワークのアクセラレータ
「医用整体デバイス・回路・システム」分野では、2件のハイライト論文を報告する。
北京大学(Peking University)と南方医科大学(Nanfang Hospital of Southern Medical University)、南方科技大学(Southern University of Science and Technology)の共同研究グループは、てんかんの予測と検知を目的とする再構成可能なニューラルネットワークアクセラレータを試作した(論文番号C21-1)。エネルギー効率は3.178TOPS/Wと高い。TSMCの65nm LP CMOSプロセスでシリコンダイを試作した。
imecとKU Leuvenの共同研究チームは、3次元オルガノイド(幹細胞から作成した3次元的なミニチュアの臓器)を電気生理計測するための微小多点電極アレイ(MEA : Multi-Electrode Array)を備えたシリコンチップを試作した(論文番号C24-1)。低雑音かつ拡張可能という特徴を有する。
東京大学が11.9bit、580MS/sのAD変換回路を開発
「データ変換」分野では、1件のハイライト論文を選んだ。東京大学は、有効ビット数11.9bit、サンプリング周波数580MS/s(サンプル/秒)の高分解能高速アナログ・ディジタル(AD)変換回路を開発した(論文番号C8-1)。28nmノードのCMOS技術で試作したシリコンダイの消費電力は580MS/sで9.76mWと低く、ナイキスト入力におけるSNDR(Signal to Noise and Distortion Ratio)は72.14dBとかなり高い。
「機械学習のためのデバイスとアクセラレータ」分野では、1件のハイライト論文を選択した。KAISTは、ニューラルビデオコーデックの計算負荷とメモリ負荷を最適化する、逐次数論変換(NTT : Number-Theoretic Transform)型統合ビデオプロセッサを開発した(論文番号C10-2)。ポスト処理の計算負荷を44.8%軽減するとともに、メモリアクセスのオーバーヘッドを80%減らした。28nmノードのCMOS技術でシリコンダイを試作している。電源電圧0.75V~1.1Vにおける動作周波数は50MHz~250MHz。
浮動小数点を扱えるアナログ演算器を開発してFFTに応用
「ディジタル回路・ハードウェアセキュリティ・シグナルインテグリティ・IO」分野では、2件のハイライト論文を報告する。
NVIDIAは、3nmプロセスで製造したシリコンダイ間を高速高密度接続する適応型自己同期リンクを開発した(論文番号C7-3)。接続電極(ピン)当たりで4bitを伝送することにより、ピン当たりの伝送速度を8Gbit/秒に高めた。電源電圧が0.7Vのときに単位長(1mm)当たりの伝送速度は44Tbit/秒と高く、エネルギー消費は77fJ/bitと低い。接続ピッチは9μm。
ミシガン大学は、浮動小数点を扱えるアナログ演算器を開発することで低電力かつ高スループットの高速フーリエ変換(FFT)回路を実現した(論文番号C23-1)。22nmのCMOSプロセスで試作した256点FFT回路の消費エネルギーは0.71nJ/FFTと低く、スループットは1.53GS/sと高い。
「クロック・周波数生成」分野では、1件のハイライト論文を選んだ。University College Dublinは、コアのシリコン面積が0.037平方mmと小さい24.5GHz~45.2GHz出力のクロック逓倍回路を試作した(論文番号C19-1)。28nmノードのCMOSプロセスで製造したシリコンダイのrmsジッタ(出力周波数39.5GHz)は32.83fsと短い。
モバイル向け先端SRAMで動作時と待機時の消費電力を削減
「メモリ技術」分野では、1件のハイライト論文を選択した。TSMCデザインテクノロジージャパンは、動作時消費電力を17%削減し、待機時リーク消費電力を10%低減した、モバイル向け2電源SRAMを開発した(論文番号C4-1)。3nm FinFETプロセスで製造する。記憶容量は0.563Mbit。SRAMはメモリセルアレイとコア回路の電源スケーリング(低電圧化)が難しくなっているため、チップの電源電圧よりもSRAMセルアレイとコア回路の電源電圧を高くしておくことが多い。このことは消費電力の低減を阻害する。そこでSRAMコア回路でチップ電圧の範囲を広げ、消費電力を低減した。
「パワーマネジメントデバイス・回路・システム」分野では、1件のハイライト論文を選んだ。Sogang Universityは、出力電圧の変動が小さいアナログアシストのディジタルLDO(Low Drop-Out)レギュレータを開発した(論文番号C18-1)。出力電圧のリップルは1mV未満ときわめて小さい(入力0.8V、出力0.75V、負荷電流200mA)。
2,500万点/sの高速測距を実現する車載LiDAR向けセンサー
「プロセッサとシステム・オン・チップ(SoC)」分野では、1件のハイライト論文を選んだ。University of California, Berkeleyは、4つのRISC-V CPUコアと8つのINT8演算アクセラレータコア、5つのFP32演算アクセラレータコアを内蔵するヘテロジニアスマルチコアSoC(System on a Chip)を開発した(論文番号10-5)。ロボットや自動運転などの3次元フレーム再構成向け。16nmプロセスで試作したシリコンダイは動作周波数1GHz、演算性能8TOPS/W、消費エネルギー10mJ/フレーム、72フレーム/sの性能を達成した。
「センサー・イメージャ・IoT・MEMS・ディスプレイ回路」分野では、2件のハイライト論文を報告する。
ソニーセミコンダクタソリューションズは、2,500万点/sの距離測定を実行する車載LiDAR向け直接ToF方式の積層型SPADイメージセンサーを開発した(論文番号C27-2)。250mの距離で大きさが25cmの物体を検知できる。距離測定範囲は300m、測定誤差は最大17cm、フレーム速度は20フレーム/s、視野角は水平120度、垂直26度である。
キヤノンは、シングルショット(単露光撮影)のダイナミックレンジが156dBと高い2/3インチ210万画素SPADイメージセンサーを開発した(論文番号C27-1)。高照度光測定時に従来は測定漏れとなっていた光子(フォトン)の数を推定することで、解像度と消費電力を変えずにダイナミックレンジを高めた。
第6世代(6G)携帯端末向けの超小型無線送受信モジュール
「ワイヤレス & RFデバイス・回路・システム」分野では、1件のハイライト論文を選んだ。東京科学大学とパナソニック、新光電気工業の共同研究グループは、第6世代(6G)の移動体通信端末用150GHz帯フェーズドアレイ超小型無線モジュールを開発した(論文番号C28-1)。65nmノードのCMOS技術で試作した無線送受信ICを2個と、8素子のアンテナアレイを1つのパッケージにまとめた。無線送受信ICのシリコンダイサイズは4mm×3.0mm、パッケージの大きさは20mm×8.4mm。
Intel 18Aプロセスで128Gbit/sの有線通信用送信回路を試作
「有線および光トランシーバ・光インターコネクション」分野では、1件のハイライト論文を選択した。Intelは、同社の最先端プロセス「18A」(2nmノードに相当)によって128Gbit/秒の有線通信向け送信回路を試作してみせた(論文番号C12-2)。PAM-4(4値振幅変調)方式を採用している。7bitのDA変換回路によってPAM-4出力を生成した。SNDRは39.6dB、送信エネルギーは0.67pJ/bit(PLLを除く)あるいは0.76pJ/bit(PLLを含む)、消費電力は86mW(PLLを除く)あるいは97mW(PLLを含む)である。シリコンダイ面積は0.076平方mm。
このほかにも興味深い研究開発成果が少なくない。機会があれば後日レポートでご報告するので期待されたい。